前回の記事「ビッグブラザーは仮想通貨の本格的な規制に舵を切るのか」の最後に「政府は仮想通貨の敵という考え方は本当にユニバーサルなのか」ということでベネズエラの例を出し、少なくとも同国のような既存の貨幣・金融制度下でうまく機能できていない国家が、仮想通貨中心の経済に舵を切る可能性について触れました。
ベネズエラのマドゥロ大統領は、昨年の12月はじめ、同国が原油確認埋蔵量で世界首位であることを裏付けに、仮想通貨「ペトロ」の導入を発表。約1カ月を経た今月初めには、1億単位で発行を命じたと日本でも広く報道されています。1ペトロはベネズエラ産の原油1バレルの価格に相当すると大統領が述べていることから、発行額は原油平均価格(1バレル=約59ドル)で59億米ドルに相当するそうです。
反米左派のマドゥロ政権が、米国の経済制裁や国際原油価格の低迷による外貨不足という、厳しい経済状況の打開を目的とした仮想通貨導入。特に今年に入ってから、ペトロをめぐる動きが活発化してきました。
議会は反発するも反米左派諸国に協力よびかけ
6週間後にオークション形式で売り出し始めることを前提に、大統領が6日に発行を命令。記事Venezuela Urges 10 Other Countries to Adopt Its Oil-Backed Cryptocurrencyによると、12日には反米左派の中南米諸国が加盟する米州ボリバル同盟国をはじめとする10カ国に協力を求めました。ところがこの3日前の記事Venezuela’s Oil-Backed Cryptocurrency Declared Illegalには、対立政党が過半数を握るベネズエラ議会がペトロを違法通貨であるとして無効を宣言。備蓄原油の前売りに当たると非難しています。
プレマイニングも開始
ペトロをサポートするシステムは明らかになっていませんが、トークンの作成にもっともよく使用されているイーサリアムERC20プロトコルではないかとみられているようです。根拠の一つとなっているのはあるredditユーザーが発見したベネズエラ財務省の「ペトロ」と名付けられたPDFファイル内に、イーサリアムのイメージが含まれていたから。(参考:The Venezuelan “Petro” is going to be an ERC20 coin.)そしてこのプロトコルではコインのプレマイニングが必須ですが、実際、議会の非難もどこ吹く風のマドゥロ大統領は、プレマイニングの開始を発表しています。

1月4日付のbitcoin.comの記事Venezuela Seeks Miners for the Petro – Maduro Claims 860,811 Already Signed Upによると、ベネズエラ政府がレジストリーを開設、86万人超がすでにマイナーとして登録したと大統領が主張しています。登録は今月21日までで、国発行のIDを保持していることが条件です。
専門家や民間セクターは懐疑的 米国はまたも封鎖?
しかし、同じ記事の中にはベネズエラの民間セクターの懐疑的な発言が、同国メディアから引用されています。
「政府に管理された仮想通貨市場など世界にはない。そして仮想通貨の信頼と成功は信用に基づくが、ベネズエラに対する信用もない。」
……かなり手厳しいですね。しかも、16日付のロイター通信によると、米財務省が米国内の投資家に対し、ペトロを取引すれば、米国がベネズエラに科している経済制裁に違反する可能性があるとして警告を発したようです。ベネズエラの新規発行債権買い入れを禁じた米国の制裁で、思うように債務の借り換えができないため、仮想通貨で外貨を獲得しようというマドゥロ大統領の狙いに、またしても米政府が水を差したかたちです。
中央集権型の仮想通貨という矛盾

記事「オンラインにおける最高のセキュリティーとプライバシーの答えは暗号化?」でも言及したように、今後、仮想通貨やブロックチェーン技術の力でユーザーの急速な広がりが予想されるチャットや「送金」分野のキーワードは、「国という支配から解放」です。「セキュリティー」や「プライバシー」を守るのは何も企業からだけではなく、国家も含まれるというユーザーのコンセンサスがそこにはあります。
「国の干渉を排除」した分散型であることが、仮想通貨の存在価値のひとつであるとすれば、国家が発行・管理する仮想通貨では、結局、根本的に通常の通貨と変わらず、最終的にはその国の「信用問題が問題」になるということです。
イングランド銀行も仮想通貨発行を視野に
それならば、「信用されている国家」が発行する仮想通貨ならば成功するかもしれない、ということになるのでしょうか。1月1日付のbitcoin.comの記事のタイトルは「Bank of England Could Issue “Bitcoin-style Digital Currency” in 2018」。300年の歴史を誇るイングランド銀行が仮想通貨の発行に舵を切るかもしれないというニュースです。ちなみに、同行はイングランドとウェールズの通貨発行権を有しています。
ビットコインの引き渡しメカニズムと分散型台帳に注目、2015年から仮想通貨発行の可能性について調査をすすめてきたと、英国の高級紙「デイリーテレグラフ」が報じました。昨年夏にはブロックチェーン技術を使って、中央銀行間の決済がテスト済み。仮想通貨は中央銀行間のみで使用される可能性が高いとみられていることから、現在のところ、ベネズエラの「ペトロ」とは根本的に目的が異なるようではあります。
英国(この場合は特にイングランドおよびウェールズ)ならば信用がネックになることはないですが、ベネズエラのように一般向けの仮想通貨発行となれば、たとえば家や車の売買に関する取引が指先一つでできるようになるということ。そんな世界を商業銀行が認めることはないだろうと、この記事は結んでいます。

結論めいたつぶやき
既存の貨幣・金融制度が機能していない国では信用がネックになり、機能している国では制度そのものがネックとなる……。国が発行する仮想通貨という壮大な実験は今後どう転がってどこへゆくのか、今のところ「視界不良」な手探り状態と言えるかもしれません。