LayerZeroが格子暗号ベースのPolynomial Commitment「Akita」を公開した。Joltへの導入で量子耐性と証明効率を両立させる設計から、ZKインフラの競争軸と日本のWeb3開発者への意味を考える。
ZKの性能競争に「量子耐性」という軸が加わる
ゼロ知識証明(ZK)の開発では、証明生成速度、Proof Size、検証コストが主要な競争軸になってきた。そこへ新たに加わりつつあるのがPost-Quantum、つまり将来の量子コンピューターに対する耐性である。
LayerZeroは9月9日、格子暗号を利用したPolynomial Commitment Scheme(PCS)「Akita」を公開した。PCSは計算過程を表す多項式にコミットし、後からその内容の正しさを効率的に証明するためのZKシステムの基礎部品だ。
注目すべきは、単に量子耐性を追加したことではない。LayerZeroによれば、AkitaのProof Sizeは65〜80KBで、既存のハッシュベースのPost-Quantum方式に比べて2〜8倍小さい。またJoltの現行構成と比較してProving Timeを2〜3倍高速化し、メモリ使用量も約半分にできるとしている。
なぜハッシュではなく格子暗号なのか
Post-Quantumな証明システムには複数の設計経路がある。その一つがハッシュ関数を中心に構成する方式で、もう一つがLattice、つまり格子問題の計算困難性を利用する方式だ。
AkitaはModule-SISと呼ばれる格子問題を基礎にしている。同じ格子暗号の系統は、NISTが標準化した耐量子暗号でも採用されている。
LayerZeroが格子方式を選んだ理由として重要なのが、証明サイズと計算効率だ。Post-Quantum対応が実用上重ければ、ブロックチェーンでの検証コストや通信量が増え、利用できるアプリケーションが限定される。量子耐性を「安全だが高コストな機能」にしないことが、Akitaの設計上のポイントになる。
Joltの暗号部品を置き換える
最初の主要な導入先は、a16z cryptoと共同開発されているzkVM「Jolt」である。zkVMは通常のプログラム実行が正しかったことをZKで証明する仮想マシンだ。
従来のJoltでは、Doryと呼ばれるPCSが楕円曲線暗号に依存する部分として残っていた。Akitaでこの部分を置き換えることで、Joltの証明スタックをPost-Quantum化する構想だ。
ここにはインフラとして重要な発想がある。ブロックチェーン全体を一度に作り直すのではなく、暗号スタックの依存部分をモジュールとして交換する。Akita自体もオープンソースの独立したPrimitiveとして公開されており、Jolt以外の証明システムへの採用を想定している。
ただし現時点では研究開発の進行段階として見る必要がある。公開リポジトリのSecurity Policyでは、Akitaはまだ正式監査済みのProduction Releaseではなく、特定のリリースで明示されない限りSecurity-Critical Research Softwareとして扱うよう記載されている。
インフラ企業の競争領域が広がっている
LayerZeroはもともとチェーン間メッセージングのインフラとして知られてきた。しかしAkitaのような暗号Primitiveまで開発対象を広げる動きは、Web3インフラ企業の競争領域が変化していることを示している。
将来、L1やL2、zkVM、Bridgeが量子耐性を要求するようになれば、どのPCSや署名方式を採用するかはセキュリティだけでなく、Proof Size、Prover Cost、Verifier Costまで左右する。暗号Primitiveそのものがプロトコルの性能差を生む可能性がある。
日本のBuilderにとっても、Post-Quantum対応を直ちに実装する必要があるという話ではない。むしろ注目すべきなのは、ZKスタックを選定する際の評価項目が増えていることだ。証明速度だけでなく、暗号仮定、監査状況、モジュール交換性、将来のMigration Costまで含めて設計する必要が出てくる。
まとめ
Akitaは、Post-Quantum対応を性能とのトレードオフだけで考えない新しいアプローチを提示している。格子暗号をPCSに利用し、Joltでは証明サイズ、速度、メモリ効率の改善も狙う。
重要なのは、量子コンピューターがいつ既存暗号を脅かすかを予測することではない。長期間稼働する金融・ブロックチェーンインフラにおいて、暗号方式を将来交換できる設計をどこまで準備しておくかという問題である。
ZKの競争が高速化から暗号スタックそのものの設計へ広がれば、Post-Quantumは将来のL1・L2やzkVMを比較する重要なインフラ指標の一つになり得る。







