クリプト訪ねて三千里 第1593話:Atumはなぜ自前のチェーンも通貨も持たずに世界の決済網をつなぐのか

Atumがステルスを解除し、1,350万ドルを調達しました。通貨もブロックチェーンも保有せず、複数の決済事業者を競争させて送金を成立させる「調整レイヤー」という設計から、他のStablecoinインフラとの違いと日本市場への意味を考えます。

1,350万ドルより重要なのは「何を持たないか」です

サンフランシスコのAtumは9月22日、ステルス状態から姿を現し、Variant、PayPal Ventures、Abstract Ventures、Road Capital、Mirana Ventures、First Commit、Credibly Neutralなどから1,350万ドルを調達したと発表しました。公式発表ではラウンド名やリード投資家は明示されていません。

Stablecoinや決済インフラへの資金流入が続く中で、Atumの特徴は新しいStablecoinを発行することでも、独自Blockchainを立ち上げることでもありません。自ら顧客資金をCustodyせず、特定のRailも優先しないとしています。

Atumが作っているのは、銀行送金、Stablecoin、Blockchain、Wallet、Payment Service Providerなど、すでに存在する複数の決済基盤の上に置くCoordination Layerです。

これは「より速い決済Railを作る」というこれまでのFinTechとは異なる発想です。決済Railが増えすぎた結果として生じたFragmentationそのものを事業機会と捉えています。

送金リクエストを市場に出し、Settlement Providerが競争します

Atumの仕組みでは、DeveloperやPayment Companyが「何を送り、相手が何を受け取りたいか」をPayment Requestとしてネットワークへ提示します。

そのRequestに対し、独立したSettlement Providerが対応可能なChain、Stablecoin、Liquidity、Payment Railを使って決済を成立させます。Atum自身が送金のCounterpartyになるのではなく、Authorization、Routing、Confirmationを調整します。

ここが一般的なStablecoin API企業との大きな違いです。

通常のPayment Infrastructureでは、事業者自身が銀行口座、Stablecoin Liquidity、Blockchain、On-ramp、Off-rampなどを組み合わせ、送金経路を提供します。Atumはさらに一段上に立ち、複数のProviderが同じPayment Requestを取りに行くMarketplace型の構造を目指しています。

ネットワーク自身の収益インセンティブについてAtumはTransaction Volumeに連動すると説明しています。特定の通貨、Chain、Settlement Providerを優遇することで利益を得るモデルではなく、ネットワーク全体の取扱量が増えることとAtumの利益をそろえようとしています。

この思想をAtumはCredibly Neutral、つまり特定参加者に構造的に有利にならない中立性として位置付けています。

HIFIとは似ているようでビジネスの階層が違います

直近ではHIFIがLeft Lane Capital主導のSeries Aで3,700万ドルを調達しました。金額だけで比較すればAtumの1,350万ドルは小規模です。しかし両社が解こうとしている問題は少し異なります。

HIFIはBank Rail、Stablecoin、Card、Compliance、Tokenized Asset Settlementなどを一つのAPIで提供するFinancial Infrastructure企業です。企業はHIFIを導入することで、複数の金融機能をまとめて利用できます。

一方のAtumは、自社がそれらすべてのRailになることを目指していません。HIFIのようなStablecoin OrchestratorやPayment Processorさえ、Atum Networkの参加者になり得ます。

つまりHIFIが「金融機能を束ねたAPI Layer」だとすれば、Atumは複数のAPI ProviderやSettlement Providerをさらに横断して選択する「Network Coordination Layer」に近い位置を狙っています。

この違いは非常に重要です。Stablecoin市場が成長すればUSDC、USDT、PYUSD、RLUSDなど通貨が増え、Ethereum、Solana、Base、Tronなど利用Chainも増えます。さらに各国の銀行RailやInstant Payment Networkも残ります。

一社ですべてを統合するモデルだけでなく、「複数の統合事業者をさらに接続するネットワーク」が必要になるというのがAtumの仮説です。

Bridge型ともM0型とも違います

Stablecoin Infrastructureへの投資にはいくつかの型があります。

Stripeが買収したBridgeは、企業がStablecoinを発行・受領・送金するためのInfrastructureを提供し、既存Internet BusinessとStablecoinをつなぐ方向を強めています。

M0のようなプロジェクトはStablecoinそのものを発行するためのInfrastructureを提供します。RainなどはStablecoin残高をCard Networkへ接続することに強みを持ちます。HIFIはPaymentsからCapital MarketsまでをAPIで統合します。

Atumはこれらのどれか一つを置き換えようとしているわけではありません。

Issuer、Wallet、Card Network、Payment Processor、Stablecoin Orchestrator、Bank Railを参加者として接続し、その間で最適なSettlement Pathを市場メカニズムによって選ぶことを狙っています。

この点でAtumは「Stablecoin企業」というより、SWIFTやCard Network、Internet Routing Protocolの考え方をBlockchain時代に持ち込もうとしているStartupと捉えた方が分かりやすいでしょう。

Founderが元VisaのCrypto責任者である意味

Founder兼CEOのPete Cooling氏は、以前VisaでCrypto Product Teamを率いていました。またLinux FoundationのOpenWallet FoundationではVisa代表としてDigital Wallet、Identity、Payment Card、Stablecoinの標準化にも関わっています。

この経歴はAtumの設計思想にも表れています。

Blockchain業界では「新しいChainを作れば既存金融を置き換えられる」という発想が生まれやすい一方、Card Network側から見るとPaymentは単なるAsset Transferではありません。

Authorization、Identity、Reversal、Fraud Management、Routing、Merchant Acceptance、Settlementなど複数の機能が必要です。

AtumはStablecoinの即時性を利用しながら、Native AuthorizationやReversible Payment、Identityといった従来のPayment Networkが持つ機能も組み込もうとしています。

Blockchainの不可逆性をそのままConsumer Paymentへ持ち込むのではなく、既存決済で必要とされてきたControl LayerをBlockchainの上に再構築しようとしている点が特徴です。

「Reversible Payment」はCryptoでは異質ですが決済では重要です

Cryptoの世界ではFinalityやIrreversibilityが価値として語られてきました。しかしConsumer PaymentやB2B Paymentでは、誤送金、Fraud、商品未着、Duplicate Paymentなどへの対応が必要です。

AtumがReversible Paymentを機能として掲げているのは、この違いを意識しているからです。

Underlying BlockchainのTransaction自体を巻き戻す必要はありません。Payment Network側でAuthorization、Escrow、Settlement Conditionなどを設ければ、Application Levelで返金や取消に対応できます。

今後StablecoinがTrading Assetから日常的なPayment Instrumentへ広がるほど、このApplication Layerの重要性は増します。

「Blockchainは止められないから安全」という議論と、「企業が安心して決済に利用できる」という議論は同じではありません。Atumは後者をNetwork Designの中心に置いています。

AIエージェント決済まで最初から射程に入れています

もう一つユニークなのがAgentic Paymentsです。

Atumは人間が操作する通常のStablecoin Paymentだけでなく、x402やMPPといったAgentic Payment Protocolを使った取引にも対応するとしています。

AI AgentがAPI、Data、Compute、Digital Serviceを自律的に購入する世界では、従来のCredit Cardだけでは処理しにくいMicro PaymentやMachine-to-Machine Paymentが増える可能性があります。

しかしAI Agentが「USDCはどのChainで保有しているか」「相手は何を受け取りたいか」「どのBridgeを通るべきか」を毎回判断するのは非効率です。

そこでAgentはPayment Requestだけを出し、Settlement Provider側が最適な経路を選ぶというAtum型のモデルが意味を持ちます。

人間向けPayment InfrastructureとAI Agent向けPayment Infrastructureを別々に作るのではなく、同じCoordination Layerで処理する設計です。

PayPal Venturesが投資家に入っている点も、この文脈では興味深いものです。PayPalは既存のMerchant NetworkとConsumer Paymentを持つ一方、PYUSDによってStablecoin領域にも進出しています。Atumへの投資は、単一StablecoinのDistributionだけでなく、複数Railを横断するPayment Infrastructureにも戦略的価値があることを示唆します。

日本市場では「円Stablecoinの勝者」以上に重要なテーマです

日本ではStablecoin議論というと、JPY建てStablecoinを誰が発行するかという話になりやすい傾向があります。

しかし企業が実際にCross-border Paymentで使う場合、必要なのは一種類のStablecoinだけではありません。

例えば日本企業が国内では円を保有し、海外SupplierがUSDCを希望している場合、JPY Bank RailからDigital Assetへ入り、適切なChainを選び、必要に応じてAssetを交換し、相手Walletへ送る必要があります。相手が最終的に銀行預金を希望すればさらにOff-rampも必要です。

ここで重要になるのは「どのStablecoinを発行するか」ではなく、「どの経路を使えば最も効率よく目的の資産を相手に届けられるか」です。

Atumの思想はまさにこのRouting問題を対象にしています。

JPY Stablecoin、USD Stablecoin、Tokenized Deposit、Bank Transfer、Card Networkが並存する日本市場では、単一Railへ賭けるより、それらを横断するCoordination Layerの価値が高まる可能性があります。

日本の規制環境では「非Custodialだから規制外」とは限りません

AtumはCustodyを行わず、Counterpartyにもならないことを強調しています。これはCapital RequirementやBalance Sheet Riskを抑えるうえで大きな特徴です。

ただし、日本で同様のサービスを展開する際に「資金を預からないから金融規制の対象外」と単純に考えることはできません。

日本では法定通貨に連動するStablecoinの仲介等について電子決済手段等取引業の制度が存在します。また2026年6月からは、一定の媒介業務について電子決済手段・暗号資産サービス仲介業という新たな登録制度も始まっています。

Atumが単なるSoftware Providerなのか、Stablecoinの売買・交換・媒介に実質的に関与するのか、Settlement Providerの選定や取引成立にどこまで関与するのかによって、法的な整理は変わり得ます。

そのため日本参入では、Technology ArchitectureとRegulatory Architectureを同時に設計する必要があります。

日本企業にとっては競合より「接続先」になり得ます

Atumが日本へ進出した場合、国内の銀行やStablecoin Issuerを直接置き換える必要はありません。

むしろ銀行、資金移動業者、電子決済手段等取引業者、Wallet、Card Company、Stablecoin IssuerがSettlement ProviderとしてNetworkへ接続する可能性があります。

例えば国内企業がJPYの入出金を担当し、海外ProviderがUSDC Liquidityを担当することで、一つのCross-border Paymentを複数事業者が分業できます。

このモデルが成立すると、各Providerは全世界のBank Account、Stablecoin、Blockchainを自前で接続する必要がなくなります。自分が最も強いCorridorやCurrencyに集中し、Atum経由でGlobal Distributionを得られる可能性があります。

日本のFinTech企業にとっては、Global Payment Networkをゼロから構築するのではなく、その一部のLiquidityやSettlement Capabilityを提供するという新しい事業機会になります。

Network Effectが最大の強みであり最大のリスクです

AtumのBusiness Modelには明確なNetwork Effectがあります。

Settlement Providerが増えればPayment Routeの選択肢が増え、Price、Speed、Coverageが改善します。Payment Requestが増えればProvider側の参加メリットも大きくなります。この循環が成立すれば、単一のStablecoinやChainに依存せずNetwork自体が競争力を持ちます。

一方、初期段階では逆の問題があります。

Providerが少なければRoutingの意味がなく、Payment Volumeが少なければProviderも参加しません。Marketplace型ビジネス特有のChicken-and-Egg Problemです。

したがって今後Atumを見る際には、資金調達額よりも、参加Settlement Provider数、対応Currency、対応Chain、Payment Volume、成功率、Settlement Time、Cost Reductionなどを見る必要があります。

Atumは現時点で特定のBlockchainやStablecoinを勝者として選んでいません。それ自体が同社の最大の賭けです。

Stablecoin市場が一つのChainや一つのIssuerへ集約されるならCoordination Layerの必要性は小さくなります。反対に、複数Chain、複数Stablecoin、Bank Rail、Card Railが長期間共存するなら、その複雑性を吸収するLayerは大きな市場になる可能性があります。

1,350万ドルという調達額以上に注目すべきなのは、Atumが「次の決済Rail」を作ろうとしていないことです。増え続けるRail同士を競争させ、最適な経路を選ぶネットワークそのものを事業にしようとしています。

Stablecoin Infrastructureの競争がIssuer、Wallet、On-ramp、Cardから一段上へ進み、「誰が世界のMoney MovementをRouteするのか」という競争へ移るなら、Atumはその変化を象徴するStartupの一つになります。