コラム ビットコイン

ビットコイン・バブルを超えた先にあるもの

1月16日付のニューヨークタイムズ・マガジンの巻頭記事は、ブロックチェーンの可能性がテーマでした。かのタイムズ紙の巻頭記事になるほど、メインストリームな地位にわずか1年ほどで上りつめたブロックチェーンと仮想通貨。その勢いは主要メディア含め、誰もが認めるところということなのでしょう。記事自体も9000字はある大作です。そこで今回はその内容をかいつまんでお伝えします。執筆者のSteven Johnson氏はこれまで10冊の本を出版し、前回ニューヨークタイムズに寄稿したのは、「地球外生命と対話するための科学」についてでした。記事のタイトルは「ビットコイン・バブルを超えて」。記事は次のような副題からはじまります。

——確かにそれは欲にかられている。が、仮想通貨の熱狂はもしかしたら富よりもずっと大事なものを作り出す結果になるかもしれない。

記事の冒頭で筆者は初めて「秘密鍵」を手に入れ、Ethereumブロックチェーンのアドレスも取得。一連の体験は普段のオンライン生活におけるルーティンとほとんど変わらなかったと感想を述べています。しかし、テクニカルなレベルでは奇跡的な何かが起こったことを理解しました。以下、その記事をみていくことにしましょう。

仲介者なきトランザクションという奇跡

それはわずか10年ほど前でさえ想像できなかったことだ。たった今、信用を確立するのにこれまで私たちが頼ってきた伝統的な機関の何も介さずに、安全なトランザクションを完遂させた。仲介者はいない。ターゲット広告のために私のトランサクションデータを捕らえるソーシャルメディアネットワークも、私の経済的な信頼を数字にするためにその動きを追跡する信用調査機関も。

そして誰もこれを管理していないのだ。ベンチャーキャピタルが投資している「Ethereum株式会社」があるわけではない。それからもうひとつ。メンバーの一部はすでにEtherが2017年1月1日には8ドルだったのが、1年後には843ドルになったことで何十億ドルも稼いでいる。こうした現象を胡散臭く思うと思う人も多いだろう。BitcoinとEtherの暴走した評価は、非合理的な熱狂の典型のようにもみえる。なぜ、クレジットカードによる支払いをするためにオンラインでサインするのと大して変わらないように見える、不可解な「技術革新」に注目しなくてはならないのか、と考えてもおかしくはない。

しかし、それは短絡的な反応だ。インターネットの歴史から学んだことがひとつあるとすれば、ひとたびテクノロジーが広範な循環期に移行すると、ソフトウェアアーキテクチャをめぐる難解な決定が世界に多大な影響を及ぼしうるということだ。1970年代に採択された電子メールの標準に公開鍵暗号方式がデフォルト設定されていれば、SonyやJohn Podestaの致命的なハッキングは避けられただろう。World Wide Webの発明者Tim Berners-Lee がソーシャルアイデンティティをマッピングするためのプロトコルをオリジナルスペースに組み込んでいたとしたら、おそらく今Facebookは存在しない。

分散化されながら信頼できるネットワークとは

Ethereumのようなブロックチェーンプラットフォームの信者は、分散化された信頼のネットワークが長期的にはその歴史的意義を証明する、ソフトウェアアーキテクチャ上の進歩だと主張する。この約束が仮想通貨の評価を大きく飛躍させた。しかしある意味で、Bitcoin・バブルがブロックチェーンのもつ真の意味をあいまいにしてしまうかもしれない。これら新技術の約束とは、伝道者たちの多くがそう信じているように、従来の通貨を置き換えるためのものではない。それは、今私たちがインターネットとして考えている多くのものに取って代わるものであると同時に、オンラインの世界をより分散化した平等なシステムにするものでもある。こうした伝道者たちの言葉を信じるのであれば、ブロックチェーンこそが未来だ。

かつては無限の図書館と世界的なつながりというユートピアのためのインスピレーションだったインターネットは、昨年、私たちが直面するほとんどすべての社会的病巣の原因になっているようだった。ロシアのトロールがFacebook上のフェイクニュースで民主主義体制を破壊し、TwitterとRedditには憎しみがあふれ、オタク・エリートの膨大な富が格差を拡大させた。

多くの批評家がこれらの巨大な構造上の問題に対して出してきた解決策は、スマートフォンの電源を切ったり、子どもたちをソーシャルメディアから守ったり、規制や独占禁止法の強化だった。確かにこれらの考え方は賞賛すべきものだ。私たちはソーシャルメディアをめぐる新たな習慣を身につけなくてはならないだろうし、GoogleやFacebookなどの強大な企業はテレビネットワークと同じ規制監視に直面すべきだ。しかしこれらの介入が、オンライン界の直面している根本的な問題を解決する可能性は低い。1990年代にマイクロソフトの独占に挑戦したのは、司法省の反トラスト部門だけではなかった。マイクロソフトの支配的地位をゆるがす新しいソフトウェアやハードウェアがあったのだ。

Ethereumのようなプラットフォームの背後に控えるブロックチェーン原理主義者たちは、ソフトウェア、暗号化、分散型システムが、Facebook、Google、Amazonの準独占状態、 ロシアの偽情報キャンペーンといった、今日のデジタル問題に取り組む能力があると信じている。彼らが成功すれば、その創造は反トラスト規制よりもはるかに効果的に、テック業界の巨人たちの覇権に対抗できるかもしれない。

正念場はBitcoinのバブルが崩壊した後

その救済策は、一般消費者にとって分かりやすい製品のかたちではまだ目に見えない。 今のところ、世間一般が認識する唯一のブロックチェーンプロジェクトはBitcoinであり、これが1990年代のインターネットI.P.O狂想曲を思い起こさせる投機的なバブルのさなかにある。この革命の潜在的な力は、それに誘惑され浮かれた群衆、偽預言者などの存在により損なわれている。たが問題は、バブルが崩壊した後、ブロックチェーンが本当の約束に耐えることができるかどうかにつきるだろう。

Bitcoinについてのパラドックスは、それが真に画期的な突破口であると同時に、通貨としての巨大な失敗となるかもしれないことだろう。 Bitcoinは過去5年間で約10万ドルの価値を上げており、初期の投資家には幸運をもたらしたが、劇的に不安定な支払いメカニズムとしてブランド化してしまっている。

だがBitcoinの狂気については忘れることにしよう。覚えておきたいのは、ナカモトが世界にもたらしたのは、誰もデータベースの責任を負わずにそのコンテンツに同意する方法であり、人びとが企業体の給与体系に組み込まれることなく、そのデータベースをより価値あるものにする活動に報奨金が出る方法だったことだ。突然FacebookやTwitterの初期段階では利用できなかったオープンプロトコルのサポート方法が現れたのである。

そして、これらの2つの機能はBitcoinに触発された数十の新しいシステムに複製された。 そのひとつがEthereumだ。Ethereumにも独自の通貨はあるが、その心臓部は電子決済を促進するというよりむしろ、Ethereumブロックチェーン上で人びとがアプリケーションを自由に展開できるように設計されたと言っていい。現在、数百のEthereumアプリが開発中で、市場予測からFacebookのクローン、クラウドファンディングサービスに至るまで多岐にわたる。それらのほとんどすべては、まだプレアルファ段階で、一般消費者が採用するところまできていないが…。そんな初期段階にもかかわらず、EtherはBitcoinバブルのミニバージョンの様相であり、おそらく創業者のButerin氏に巨大な富をもたらしている。

これらの通貨は賢明な方法で使用することが可能だ。Juan BenetのFilecoinシステムは、Ethereumのテクノロジーに依拠し、IPFSプロトコルを採用したり、必要な共有データベースを維持するのを助けているユーザーおよび開発者に報酬を与える。 Protocol Labsは、独自の暗号通貨Filecoinを作り、今後数カ月間に公開市場でその一部を販売する予定だ。 (2017年の夏、Benetが認定投資家にトークンの「前売り」を行い、最初の60分で1億3500万ドルを調達した。)

Chris Dixonのような提唱者たちは、通貨ではなく「トークン」という観点から、現行の通貨制度を混乱させることが必ずしも目的ではないと強調する。「私はトークンというメタファーが好きです。なぜなら、アーケードのようなものであることが非常にクリアになるから。 あなたはアーケードに行き、これらのトークンを使用することができます。 しかし我々は米政府に取って代わるつもりはありません。 実際の通貨ではないんです。限られた世界の擬似通貨です。MetaMaskの創始者Dan Finlayは、Dixonの主張に同調する。

「興味深いのは、新しい価値制度をプログラムすることです。 お金に似ている必要はありません。」

ブロックチェーンの真価テストはアイデンティティ

分散型暗号化ムーブメントにさえも鍵となるノードがある。Ethereumにとって、これらのノードのひとつは、Ethereumの先駆者であるJoseph Lubinが設立したConsenSysという組織だ。わずか3年で、現在28カ国に550人以上の従業員を擁しており、ベンチャーキャピタルから投資を受けたこともない。ConsenSysは組織として、通常のカテゴリーに当てはまらない。かたちとしては企業だが、非営利団体や労働者集団に似た要素ももっている。 ConsenSysメンバーの共通の目標は、Ethereumブロックチェーンの強化と拡張だ。ディベロッパーがプラットフォーム用の新しいアプリケーションやツールを開発することをサポートしており、そのひとつに筆者のEthereumアドレスを生成したソフトウェアのMetaMaskもある。そしてEthereumのスマートコントラクトを独自のシステムに統合する方法を模索する企業や非営利団体、政府にコンサルティングサービスも提供している。

ブロックチェーンの真価テストは、アイデンティティ問題が中心になるだろう。今日、あなたのデジタルアイデンティティは、数十、数百の異なるサイトに分散している。Amazonがクレジットカード情報と購入履歴を、Facebookが友人や家族情報を、Equifaxが信用履歴を保持。あなた自身の情報にまつわるサービスのいずれかを使用したければ、事実上、あなたはその許可をこれらに求めていることになる。あなたのアイデンティティの断片は、どれもあなたのものでさえない。そして彼らはあなたと相談することもなく、広告主にその情報を自由に売ってしまうのだ。それがいやなら、FacebookやGoogleの使用をやめるしかない。しかし、あなたのFacebookやGoogleのアイデンティティは移植性がない。ロシアのボットに少ししか感染していない別のソーシャルネットワークに参加したいと思ったら、また一からネットワークを構築しなければならない。(そしてすべての友人に同じことを説得する必要もある)。

ブロックチェーン原理主義者たちは、このアプローチ全体が後退以外の何物でもないと考えている。生年月日から友人ネットワーク、購買履歴まですべてを含むデジタルアイデンティティを所有しているのは、あなたであるべきだと考えているのだ。そして、そのアイデンティティの一部を自由に貸し出すこともできると。しかしこの「自己主権」アイデンティティは、Bitcoinブロックチェーンが登場するまで実現可能とはいえないものだった。が、今は違う。現在、BitcoinのプラットフォームをベースにしているBlockStackや、ConsensSysから派生したuPortと呼ばれる新しいアイデンティティシステムなどが、この問題に取り組んでいる。これらの競合プロトコルはわずかに異なるフレームワークを持つが、アイデンティティが真に分散化したインターネット上でどのように扱われるべきかという点で、共通のビジョンを共有している。

新しいブロックチェーンベースのアイデンティティ・スタンダードが、Facebookをあのような支配的地位に押し上げたTim Wuのサイクルに追従するのを阻止するものは存在するだろうか。おそらく何もない。しかし、想像してほしい。誰かがEthereumを介してあなたのソーシャルネットワークを定義するための新しいプロトコルを作成したとする。それは言い換えれば、あなたが好きで信用する人びとのパブリックアドレスだ。あなたのソーシャルネットワークを定義するこの方法は、Facebook上であなたのネットワークを定義する閉鎖されたシステムに取って代わるかもしれない。インターネット上のすべてのユーザーがデータを共有するためにTCP / IPを使用しているように、いつか地球上のすべての人がそのスタンダードを使用して、社会的なつながりをマッピングするようになるかもしれない。

しかもこれが普遍的になったとしても、従来の閉鎖的なシステムで見られるような侵害や操作の機会は生まれない。 Facebookスタイルのサービスでソーシャルマップを活用して、友人たちのアクテビティにそって好きなニュースや音楽をフィルターする選択もできるが、いやになれば何の代償も払わずに、その他の方法を選ぶことができる。公開型アイデンティティ・スタンダードによって、普通の人びとが、自分の情報を最高入札者に売ったり、市場から完全にシャットダウンすることを選ぶ機会を得られるわけだ。

多くの批評家が指摘しているように、ソーシャルメディア・プラットフォームのユーザーは、通常報酬なしでほぼすべてのコンテンツを作成しているのに対し、企業は広告販売を通じて、そのコンテンツからあらゆる経済的価値を獲得している。トークンベースのソーシャルネットワークでは、少なくとも初期参加者にアクション権の一部を付与し、新プラットフォームをアピールするための労力に報酬を与えるだろう。誰かがネットワークの一部を所有し、報酬を得られるFacebookバージョンを実現できれば、それは誰にとってもかなり魅力的なものになるはずだ。

富をより公平に配分しデジタル時代のカルテルに対抗

そのうえ、GoogleやFacebookなどの巨大企業の精巧なファイアウォールよりも、分散型ブロックチェーンのほうが安全だ。Bitcoinは通貨として機能するには十分に安定しているといえないが、分散型台帳がどれほど安全であるかの確かな証拠を提供している。 BitcoinやEthereumの時価総額はそれぞれ800億ドルとも250億ドルともいわれる。つまり、あなたがそのシステムをうまくハッキングすれば、10億ドル以上もかすめとることができる。ところがBitcoinは現在、9年間にわたって数十億ドルのハッキング懸賞金をかけているが、いまだ誰にも破られていない。これは安全性に関するかなり良い証拠のようにみえる。追加のセキュリティは、分散型の性質に起因するだろう。何億台もの別々のパーソナルコンピュータをハッキングし、それぞれのマシンで適切なデータが見つかるまで粘るハッカーが現実としているのかという話である。ある家に盗みに入るのか、村全体のそれぞれの家すべてに盗みに入るのかという選択の答えは明らかだ。

権力の大規模な集中を打破し、専有性の低い所有モデルを探求する可能性において、ブロックチェーンというアイデアは、富をより公平に配分し、デジタル時代のカルテルを崩壊させたいと望む人びとにとって、たまらない可能性を示している。このようにブロックチェーンは、元々のインターネットそのものと同様にラジカルで、ほとんど共産主義的ともいえる可能性を秘めたアイデアでありながら、同時にもっとも軽薄で退行的な資本主義者の食指を動かしてもいるのだ。

確かに現在、ブロックチェーンは投機的な資本主義のかなり最悪な姿をしているかもしれない。それを理解しようとするのは非常に困難だ。しかし、オープンプロトコルの美しさは、黎明期にそれらを発見し支持する人びとによって、驚くべき新たな方向に操縦されていくところにある。今、かつてインターネットの黎明期に存在したオープンプロトコルの精神を復活させる唯一の希望が、ブロックチェーンなのだ。そして、最終的に平等主義の約束が守られるかどうかは、プラットフォームを受け入れ、バトンをつなぐ人びとにかかっている。